今から二千年以上前の古代インドの王朝でも、汚職は警戒すべき悪徳だったようだ。宰相カウティリヤの作とされる『実利論』に巧みな表現がある▼<水中を泳ぐ魚が水を飲んでも知られることがないように、職務に任じられた官吏が財を着服しても知られることはない>。財産で満たされた海を自在に泳ぎながら、誰にも気付かれずに利益を得る姿が伝わってくる▼澄んだ水が、また汚されたような事態ではないか。東京地検特捜部が一昨日、収賄の疑いで文部科学省の幹部を逮捕した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)に出向中、元会社役員に便宜を図り、謝礼として接待を受けた疑いがあるという。宇宙飛行士の式典出席に関する便宜だった可能性があるという▼脇が甘いという話にも思えるが、舞台となったのは、宇宙開発の中心となる組織だ。小惑星探査などに子どもを含め多くの人が夢を託し、期待と共感をもってみつめている▼文科省では、私大支援事業を巡る受託収賄罪で幹部が起訴されたばかりでもある。官職に清濁はないのだろうが、疑いが本当なら、とりわけ清くあってほしい人々が、人知れず公共の水を飲んでいた▼よどんだ水は濁る。相次ぐ不祥事は長い間のよどみを思わせる。『実利論』は<配置転換をせよ。彼等(ら)が財を食いつぶさないように>などと説く。古典的な戒めもどこかで忘れられていたか。
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