短い一つの文章で物語を書く飯田茂実さんの「一文物語集」にこんなのがある。「熱病患者の額を冷やしたり、盗まれた宝石を包んだり、若い娘の夜の涙をぬぐったりしたかったのに、そのハンカチは古着屋の倉庫のなかで、いつまでも見栄えのしない外套(がいとう)のポケットに入ったままだった」-▼ポケットに眠るハンカチが悲しい。と同時に、そのハンカチはわれわれ自身のことなのではないかとも考える▼夢や理想を描き、こんなふうに生きたいと願う。そう願えどもままならぬもので、どんな恵まれた方であろうと人は何らかの傷や痛みを抱え、それにこらえて、生きているものではないだろうか▼LGBT(性的少数派)は「『生産性』がない」。ある政治家がそう言った。その言葉にLGBTの方に限らず、大勢の人が抗議し怒りの声を上げるのは誰もが持つどうしようもない痛みを冷笑された気になるせいかもしれない。「おまえは役立たず」。あのハンカチにそう指摘する冷酷な声を聞いた気がするのである▼<あなたの本当の色を隠さないで。その色は虹のように素晴らしいの>。LGBTの愛唱歌でもある、シンディ・ローパーさんの「トゥルー・カラーズ」。傷つく人にそう語りかけるべき立場の人間がその傷をさらに踏みつけた▼政治家の名は書かぬ。世間を騒がせることで名を売るやり方に手を貸すつもりはない。