<猪牙(ちょき)で行くのは深川通い>-。江戸文政期に流行した端唄の「深川」。三下がりのオツな三味線が聞こえる。猪牙とは猪牙舟を詰めた言い方で屋根なしの小型舟のことである▼神田川の柳橋あたりから吉原遊郭へ向かう猪牙舟が出ていたそうだ。<柳橋から小舟を急がせて><舟から上がって土手八丁 吉原へご案内>。同じ端唄の「梅は咲いたか」にもそんな文句がある▼<役人の骨っぽいのは猪牙にのせ>。この古い川柳も、舟の行き先がお分かりなら理解しやすい。この場合の「骨っぽい」とは堅くて融通の利かぬ人。どんなに骨っぽかろうとその舟にさえ乗せてしまえば、遊郭での酒と遊びで「骨抜き」にできる。役人を皮肉った句である▼その舟着き場、約二百年後の現在は文部科学省前あたりにあるのだろう。同省幹部がブローカーから接待を受けた汚職事件の責任を取って昨日、同省トップの事務次官が辞任した▼事件に対する引責辞任の形とはいえ、その次官自身も少なくとも約六万円の接待を受けていたと聞けば、開いた口がふさがらぬ。この事件では既に二人の局長級が逮捕・起訴されている。今回次官を含め、新たに九人も接待を受けていたことが判明したとは、骨のないお役人でえらく混み合う接待の猪牙舟である▼同省の立て直しは無論だが、霞が関全体を再点検したい。舟着き場は本当にそこだけか。