一九九三年の発表というから携帯電話が爆発的に広がる前夜の歌だろう。森高千里さんが作詞し、歌ったヒット曲『渡良瀬橋』に記憶に残る一節がある。<床屋の角にポツンとある/公衆電話おぼえてますか/きのう思わずかけたくて/なんども受話器とったの>▼別れた<あなた>との思い出が染みついた公衆電話だろう。会えないけれど、声を聞きたい。そんなだれかがカードや硬貨を手に目指した公衆電話ボックス、かつて各地にあったはずだ▼おぼえてない。使いたいけれど、どこにあるのか。公衆電話を巡るそんな声の数々がネットに書き込まれていた。よみがえった古い電話の頼もしさに、事の大きさをみる。ソフトバンクの携帯電話サービスでの通信障害である▼四時間半ほどの出来事ながら、社会の動揺は大きかったようだ。地図アプリが使えず街で道を見失った。社外からの商談ができなくなった。人に会えなくなったというのも深刻だろう▼あらためて、スマホに多くを依存する社会の弱みが浮き彫りになった。重要なライフラインの障害であるが、原因が、スウェーデンの企業のソフトウエアだと聞いて驚く。再発は防げるのか。われわれは便利さと一緒にもろさと不安も引き受けたのか▼ポツンとは残っているだろう、公衆電話の場所を確かめなければならないと思う。かけたくなる日はまた来るだろうから。