作家の村上春樹さんが大学時代、授業の体育実技で選択したのはソフトボールだった。守備は二塁手▼授業で複雑なカバープレーを教えられ、以来、二塁手の魅力にとりつかれたという。<僕が大学で学んだことの中ではあるいは一番有益だったかもしれない>。なるほど二塁手とは知力、想像力が求められる奥の深い守備位置であろう▼最近では長打で売る派手な二塁手も珍しくない。その昔の二塁手といえば、どこか寡黙で落ち着いた選手が多かった気がする。さほどの長打は期待できぬ。されど、守備、走塁には優れ、チームを静かに引っ張る。そういうタイプである。二塁手ほど「いぶし銀」や「職人」の比喩が似合う守備位置はあるまい▼その「昔ながら」の二塁手の記録達成である。中日の荒木雅博内野手が二千安打に到達した。堅守、好走塁の人による二千本目の安打は右前へ軽く合わせた当たり▼火の出るような打球ではない。それでも、その打球が美しいと感じさせたのは二十二年という長い歳月と、その裏側にこもる熱であろう▼二千安打達成の時点での通算本塁打はわずかに三十三本。史上最も少ないという。「三十三本のおかげで二千本が打てた」。長打がないのなら小技を磨いて頂を目指すさ。そう教える荒木選手の言葉は本塁打となって、悩める野球少年たちの胸のスタンドに飛び込んだはずである。