英国作家、ロアルド・ダールの短編に「おとなしい凶器」というのがある。凶器がおとなしいとは奇妙だが、読めば、納得する▼殺人に使われる凶器が子羊のモモ肉。離婚を切り出された女性が凍ったモモ肉を夫の後頭部めがけて-。捜査にやって来た巡査部長に女性が「凶器」を調理して振る舞う場面がおかしく、やがておっかない▼なんだって凶器になる。それをあらためて考える土曜日夜のロンドンでのテロ事件である。凶器となったのは大型ワゴン車とナイフだった▼七人が亡くなっている。猛スピードのワゴン車が歩行者めがけて突っ込んだ揚げ句、通行人をナイフで襲った。テロといえば爆弾や銃を連想しがちだが、車を暴走させる手口が無法者たちのおぞましき流行なのか。昨年七月、フランス・ニースで起きたテロ事件もやはり凶器はトラックだった▼車となれば銃や爆弾とは比べものにならぬほど容易に手に入れられる。その凶器はどこにでもある。これではいくら警備、警戒を強めたところで限界がある▼テロとの戦い方を間違えているのかもしれぬ。凶器を手にする連中とどう戦うか。無論それは大切だが、凶器を手にしたい、人をあやめたいという心を氷解させ、落ち着かせなければ、根本の解決は望めまい。凶器を取り上げようとその心が変わらぬ以上、その者どもは、モモ肉さえも振りかざすだろう。