『文学効能事典』(E・バーサドほか著)は、病や悩みに効く古今東西の小説を紹介する案内書だ▼たとえば、憎しみを感じるときの特効薬はオーウェルの『一九八四年』で、恋愛ができなくなったときに効くのは村上春樹著『1Q84』。なるほど…と思わせるが、歯痛に効くのはトルストイの『アンナ・カレーニナ』で、花粉症にはヴェルヌの『海底二万里』が効くというのだから、ユニークな処方箋だ▼ではこの病に効くのは、どういう「薬」か。政府の調査で、二〇一六年度に把握された学校でのいじめが、過去最多の三十二万件だったと分かった。いったい、いじめる子、そして、いじめを見て見ぬふりをしていた子の数はどれほどになるのか▼『文学効能事典』は「人をいじめてしまうとき」の薬として、エイジー著『家族のなかの死』を挙げているが、入手困難。かわりに処方したいのが、吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』だ▼主人公は、いじめを見て見ぬふりをした自分、理不尽な暴力に足がすくんでしまった自分の弱さに悩み、発熱して寝込んでしまう。その枕元でお母さんが語る言葉は、まさに特効薬だ▼八十年前、「右へ倣え」の全体主義の時代に、自分の頭で考える大切さを説いたこの名作は最近、漫画(マガジンハウス)にもなり、大いに売れているという。時代が求める「読む薬」なのだろう。