<狂せんばかりの地獄>と太宰治が「東京八景」の中で書いている。地獄とは何だったか。自分を信頼し、期待している人を裏切ってしまったことだという▼故郷の兄たちは太宰が大学を卒業してくれるものと信じていた。「学校ぐらいは卒業してくれるだろう、それくらいの誠実さはもっている奴(やつ)だと、ひそかに期待していた様子だった」。しかし卒業しなかった。「私は見事に裏切った、それからの二年間、私は、その地獄の中に住んでいた」▼太宰の地獄が二年なら、この女性の苦悩は四年に及んでいたのかもしれぬ。平昌五輪のジャンプ女子で、銅メダルに輝いた高梨沙羅選手。競技直前の思いつめたような表情と決勝二回目が終わった後に爆発させた、笑顔と涙が印象に残る▼国際大会での実績から四年前のソチ五輪では金メダル最有力と期待されたが、四位。期待に応えられなかった自分自身への悔しさ。世間とは身勝手なところもあって、期待通りの結果を残さなければやや風向きが変わる。その風を冷たく、重く感じていたのではないかと想像する▼あの笑顔と涙は四年間の苦悩からようやく解放された喜びなのだろう。ジャンプ競技は向かい風が揚力をくれる。四年もの向かい風は苦しかったろうが、五輪でのメダルにまで飛翔(ひしょう)させた▼見事なジャンプであった。申し訳ないが今後に期待しないわけにはいかぬ。