明治期のある「新聞」の一本の論説記事を一字一句暗記している。と書けば、読者は尊敬の念を抱き、小欄の株も少しぐらいは上がるか。残念ながらトリックがある▼明治のジャーナリスト宮武外骨の「滑稽新聞」。一九〇五(明治三十八)年四月五日発行の第九十三号の「論説」は白紙。「論説」という題と、宮武の別名・小野村夫の表記があるだけで、あとはきれいさっぱり空欄になっている▼「過激にして愛嬌あり」の外骨先生の白紙の狙いは定かではないが、並ぶべき言葉がない異様な白紙は時に人の心を揺さぶり、千万語を並べるよりも雄弁に語ることがあるのだろう。内戦が続くシリア。首都ダマスカス近郊の東グータ地区への集中空爆で子どもたちが犠牲になっていることに国連児童基金(ユニセフ)が二十日、白紙の声明を出した▼「殺された子ども、母親、父親、愛する人々のことを正しく表現する言葉がない」。そして十行分の空欄が続いている▼英BBCの現地映像を見た。傷ついた子どもを抱えて、病院へ駆け込む母親がいる。無力感に泣き崩れる看護師がいる。国連安保理はシリア全域での停戦決議を採択したが、反体制派が支配する東グータ地区へのアサド政権軍の空爆は続く。その下には罪なき子どもがいる▼空欄の白を読む。空爆の音、叫び声。怒り。悲しみ。そこには、すべてが書かれている。