中国の戦国時代は、七つの国が争う外交の時代だった。大国の秦に仕えた策士の張儀は、それぞれの国が秦と同盟を結ぶ連衡策を唱え、秦以外の六つの国が連合する合従(がっしょう)策を打ち破ろうと遊説する。隣国の楚と韓の圧迫を恐れていた魏の王を訪ね、楚と韓を抑えられる秦に付く以上の策はないと説いた▼秦に仕えれば、「枕を高うして臥(が)し(眠り)、国必ず憂いなからん」と迫る。魏王はこれを受け入れた。『戦国策』にある逸話が<枕を高くして寝る>の語源になったという▼今ごろ、この人も枕を高くして眠れているのではないか。北朝鮮の金正恩委員長だ。関係が冷えていた大国、中国を電撃的に訪れて、習近平国家主席の手を握った▼頼りになる後ろ盾を得たことで、武力攻撃の可能性を消していない米国をけん制することができる。乱世を生き抜くしたたかな策にみえる▼ただ、中国に近づくことで核兵器も体制も温存するつもりならば、朝鮮半島の非核化は遠のくことになる。その後の南北閣僚級会談も、非核化に関しては前進をみていないようだ▼<黄金を持てば恐怖来り、黄金を欠けば悲哀来る>。英国の文学者サミュエル・ジョンソンの言葉だ。「黄金」を「核兵器」に置き換えると、核兵器を手放したくても手放せない一国の指導者の心情が浮かんでくる。そのとおりなら、憂いをすべて忘れて眠れる日は遠い。