仕事を「休まない」とか「無理をしてでも」という価値はその昔、たとえば、高度成長期に比べ、現在はずっと下がっているだろう▼悪いことではない。よい仕事をするためにきちんと休む。無理をして心身を壊しては元も子もない。「休まない」を否定する時代の方が間違いなく真(ま)っ当(とう)である▼記録は大阪万博の一九七〇年から始まり、バブル期の八七年まで。まだ「休まない」が美徳の時代である。今なおプロ野球記録であり続ける2215試合連続出場。偉業を成し遂げた広島カープのかつての強打者、衣笠祥雄さんが亡くなった▼七十一歳かとため息がでる。現役時代の「鉄人」の名に似合わぬ早い死が寂しい。ファンは赤き涙を流しているか。力強い打撃。堅い守備。足も速かった。低迷していたカープに黄金期をもたらした立役者。他球団を応援する少年には長いもみ上げのいかつい選手がどんなに怖かったことか▼「僕は野球が好きだから試合に出続けただけ。一日も休まず学校や仕事場に通う人の方がずっと偉い」。当時の言葉。骨折でも打席に立った。不調でも出場にこだわった。今なら考えられぬか。無意味なことというか。それでも鉄人の「休まない」「無理をしてでも」の強さと意地が、あの時代の休みにくかった日本人を確かに励ましていた▼さらば衣笠。古い市民球場にフルスイングの風の音が聞こえる。