『山月記』などの作家中島敦はかなりの子煩悩だった。パラオに単身で赴任した際は毎日のように愛情のこもった手紙を息子あてにつづっている▼『チビの歌』と題した短歌も残した。子育ての日々を<明方(あけがた)をわが床に来てもそくさとチビが這(は)ひ込むくすぐつたさよ>などとユーモアをまじえながら詠んでいる。幸福感がにじむ一方で、作家の三十三歳での早世を思うと切ない▼しつけの悩みの歌も多い。<叱らでも済みけるものを後向(うしろむ)きてべそかきをらむチビ助よ許せ><わが父ゆわれの伝へし寝坊なればチビも嗣(つ)ぎけむ今朝も未(ま)だ起きず>▼親といっても完全ではない。むしろ欠点だらけなのだけど、なんとか子供を正しい方へ、導きたい。そんな父親の思いと葛藤が、みえてくる。きっと、いい親子の関係だったのだろうと想像できるほほえましさもある▼発達心理学の岡本夏木さんは著書『幼児期』で、しつけについて語る中で中島敦の子育ての歌を紹介した。欠点を抱えながらも、大好きな親が努力している姿を子供は手本に育つのだと説いている。親も努力しなければ早起きできないなどと知ることが子供の努力を支えると▼悩みつつ泣き笑いの日々を送っているお父さん、お母さんは多いことだろう。今日はこどもの日。欠点だらけだから子供のいい手本になれる。そんなふうに子育てを見つめてみるのはいかがだろう。