第二次大戦開戦の前年、英国はほんの数日だけ、歓喜に包まれている。ミュンヘン会談でナチス・ドイツと協定を結ぶことに成功したという知らせがロンドンに届いたときのことだ▼<平和の意志が決定的に勝利を収めたように思われた><誰もがよろこんでいっしょに笑い…自分自身が翼の生えたようになっているのを感じた>。ユダヤ人作家のツバイクは、つづった▼人々は、<息をとめて>チェンバレン首相とヒトラーらの交渉を見守り、そして歓喜したという。しかし戦争回避への望みはすぐにヒトラーに壊される。祖国オーストリアに戻ることもかなわなくなったツバイクは<希望の大きな光は消えた>と嘆く。会談は英国の宥和(ゆうわ)政策の失敗として、語り継がれることになり、首脳会談への期待がいかにもろいかも後世に残った▼中止になった米朝首脳会談である。息をとめて話し合いの行方を見守るはずだった。北朝鮮の非核化が本当に実現するのではないかという希望の光もあっただろう。しかし、残念ながら期待は遠のいた▼そもそも非核化の考えにずれがあったという。使えば地獄を招き、捨てれば無力になる。持っているのが一番強い。それが北朝鮮のような国にとっての核兵器だ▼北朝鮮は会談を望んでいるという。だが核兵器を完全に手放す意志がないのなら、平和への希望は再びつかの間で終わるだろう。