「モトシキ」という専門用語が演劇界にはある。ロシア語のようだが、日本語である。せりふが明瞭で鍛えられた俳優のことをそう呼ぶ▼「元四季」。劇団四季の出身者のことである。それほどその劇団の訓練は厳しい。「観客に聞き取れないセリフを話している俳優は舞台に上がってはならない」。そう語っていた、日本の演劇と興行を変革した演劇人が亡くなった。劇団四季の元代表で演出家の浅利慶太さん。八十五歳▼「ライオンキング」など浅利さんの手掛けた作品から演劇やミュージカルの魅力を知った日本人は多いだろう▼故平幹二朗さんは俳優座の出身だが、浅利さんの指導を受けた、モトシキともいえる。「せりふは真珠の首飾り」。そう教えられたそうだ。一つ一つの音が一粒の真珠であり、それがつながって首飾りになる▼一音一音を完全に発音し、聞き取りやすい四季独特のせりふ回しは観客を第一に考えた結果である。独り善がりで説教臭く、せりふさえ分からぬ芝居に背を向け、日本人が理解し楽しめる芝居をつくる。そのためにまず、きちんとせりふを届けたい。その道は食えない演劇をショービジネスへと変えた▼晩年、自由劇場で演出上演していた「思い出を売る男」などの渋い作品も光る。劇団名には四季の野菜を売る八百屋の意味もあるそうだが、客と芝居という野菜を大切にした大店主である。