徳川幕府創成期、京都奉行だった板倉勝重のところに、博打(ばくち)で大負けした男が「生きていけません。金を取り返してもらえませんか」と訴えた。『江戸の名奉行』(丹野顯(たんのあきら)さん)にあった▼当時、博打は無論ご法度。奉行は博打で勝った者と負けた者を呼び出し、「双方とも百日の入牢(ろう)を申し付ける。また勝った者は全部負けた者に返せ」。加えて、その後、博打で負けた者は訴え出れば金を取り返してやり、勝った者は百日間入牢させるというお触れを出し、この結果、博打は自然と消えたという。「誠に人を損ないたまわず、寛仁大度(かんじんたいど)の捌(さば)き」と評判になった▼カジノ解禁の統合型リゾート施設(IR)整備法を成立させた、安倍政権からすれば、この奉行がとんだ変わり者に見えるだろう▼博打をさせぬとはもっての外。観光立国、経済成長、地域振興につながるではないか。「負けた? それはおまえが悪い」「心配するな。金はカジノで借りられる。もう一丁勝負すればよい」▼どう理屈をつけようとも「誠に人を損ないたまい」の方だろう。ギャンブル依存症の不安も消えず、世論は慎重だったが、結局は押し切った▼<金になりさへすればよい 人の難儀や迷惑に遠慮していちや身が立たぬ>。明治の流行歌、「あゝ金の世」が平成の世に聞こえくる。国民にできる対抗手段は「悪所」には決して足を踏み入れぬことか。