民俗学者、柳田国男の『山の人生』の中にかつての迷子捜しの様子が描かれている。捜索方法のポイントは声や音だったようである▼江戸では、子どもがいなくなれば、町内の人間が「迷子の迷子の○○やーい」と夜通し、大声で呼びながら歩いた。落語や歌舞伎でおなじみだろう。上方では「かやせ、もどせ」。鉦(かね)や太鼓をたたいて歩く地方もあったという▼呼び声や音で迷子に捜していることを伝えるという意味もあっただろうが、別の狙いもあった。子どもをさらったと考えられていた天狗(てんぐ)や狐狸(こり)妖怪のたぐいを人間の声や音で脅すことで、子どもを解放させようとしていたらしい▼その子どもの名を呼ぶボランティア男性の声に応えてくれた「ぼく、ここ!」の幼き声に日本中がホッとしているだろう。山口県周防大島町で行方不明になっていた、藤本理稀(よしき)ちゃんがきのうの朝、三日ぶりに発見され、無事保護された。本当に良かった▼家族が顔を合わせる、お盆のこの時期でもある。男の子の行方不明が自分の家で起きた出来事のように感じられ、心配していた人もいるのではないか。「よっちゃん、返事して。早く出てきて」。防災無線で呼びかけた、おかあさんの声に胸を痛めた人もいるだろう▼それにしても三日間、よく無事でいてくれた。さては天狗め、おかあさんのあの声を耳にして、悪さをあきらめてくれたか。