大相撲の世界で「恩返し」といえば、入門当時、稽古をつけてもらった先輩力士に土をつけることである▼世話になった人に勝つことが「恩返し」。先輩力士にすれば、おもしろくないかもしれないが、科学研究者の世界にも、こういう「恩返し」があるらしい▼この方も「恩返し」の人である。二〇一八年のノーベル医学生理学賞の受賞が決定した本庶佑・京都大特別教授。体内で異物を攻撃する免疫反応にブレーキをかけるタンパク質を発見したことが評価された。多くのがん患者に希望と光を与え、がんを死なない病気に近づけた功績。受賞は当然であろう▼若き日、抗体遺伝子研究の道へと導いてくれた先生がいたそうだ。世話になったが、その後、本庶さんは、結果的にその先生が提唱していたモデルが実は間違いであるという内容の論文を発表することになる▼「先生への恩返しになったのではないかと思う」。当時を振り返っている。科学の進歩はだれかが何かを考え、もしその考えがだめなら次に行くことだという。先人への「恩返し」は人類全体への恩恵につながった▼「教科書に載っていることは常に疑いなさい」。若い人に向けて語っていた。定説を覆すような行為は嫌われるし、クレームもつきやすい。が、その先にしか人のやっていないことはない。「オンリーワン」の人の教えが若者たちの背中をたたく。