路上で子どもがしくしく泣いている。通りがかった男が声を掛ける。「どうした、えっ、おとっつあんが病気なのにお金がなくて故郷に帰ることができないんだって…」▼気の毒な話に人が集まってくる。男が子どもの持つ大量のカミソリに気がつく。聞けば売り物をつい持ち出してしまったという。男が集まった人に提案する。「かわいそうだよ。みんなでこれを買って汽車賃をこさえてやろうよ。いい品だよ」▼これが実は真っ赤なウソ。かつての「泣(な)き売(ばい)」というやつである。人情に付け込んで、商品を売るとは悲しいではないか▼今なら誰も買うまいが、小欄、「泣き売」に一杯食った。米国でのこんな話である。車のガソリン切れで立ち往生した女性。現金がなくて困っているとホームレスの男性がなけなしの二十ドルをはたき、ガソリンを買ってくれた。感激した女性がネットで話を広め、男性への寄付を呼びかけると短期間に約四千万円集まった…▼昨年十一月二十七日付の当欄で紹介したが、これがウソだった。女性とホームレス役の男性は知り合いで、ガソリン切れも二十ドルも全部作り話。二人は最近、逮捕されたが、手の込んだ現代版「泣き売」とは油断ができぬ▼人情噺(ばなし)「文七元結(ぶんしちもっとい)」まで引き、よい話として紹介したのがお恥ずかしい。谷川俊太郎さんの詩の一節が浮かぶ。「美談は泣きながら疑うことを誓う」