小倉百人一首に入っている在原行平の<立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む>。行平が因幡守(いなばのかみ)に任じられ、都を離れるときの別れの歌だそうだが、おまじないとして使われる。これを玄関の柱に貼っておくと家出した飼い猫が帰ってくるのだそうだ▼内田百〓(ひゃっけん)の「ノラや」の中に出てくる。飼い猫のノラがいなくなって悲しみにくれる百〓先生、新聞の折り込み広告にノラの特徴に加え、この歌をわざわざ赤い字で刷り込んだそうだ▼ノラは帰らなかったが、まじないより家出の猫を捜すにはやっぱり科学の力か。ノラが帰らず、何かと涙をこぼし、風呂にさえ入らなかった先生に最近の良きニュースを教えたくなる。静岡市内でいなくなった飼い猫が約百七十キロ離れた名古屋市で約一カ月ぶりに見つかったそうである▼きっかけは猫の体内に埋め込まれたマイクロチップ。これで連絡先が分かり、無事<今帰り来む>につながった。愛猫家には自分の猫が帰ったようにうれしい話題である▼戌年(いぬどし)の年の瀬に猫の話題ねえと犬がへそを曲げそうだが、この統計も気に入るまい。調査によると今年のペット飼育数で猫が犬を上回ったそうだ。昨年、猫に抜かれ二年連続。戌年の効果もなかった▼少子高齢化の時代が犬より比較的飼いやすい猫に向かうか。むくれるな。犬の時代もまた、いつかは<帰り来む>。