今も昔もウナギは高価な食べ物で、歌人の斎藤茂吉がウナギの思い出を書いている▼訪ねていたお宅で、鰻丼(うなどん)がふるまわれたとする。この場合、客は全部食べてはいけない。「半分食べて、半分残すといふのは常識とされてゐた」(『茂吉小話』)という。今の人が聞けば、不思議がるだろう▼残った半分はどうするのか。もちろんお客さんが帰った後でその家の家族がいただく。「その残りを少年であつた自分などは御馳走(ごちそう)になつた」と書いている。こういうお客さんは昭和にも残っていたもので、子ども時分、お客さんが必ず残す寿司を期待して待った記憶が当方にもある▼客の心配りの「半分残す」ではなく、だれの胃袋にも入らぬまま、大量に残り、捨てられている食べ物があるという現代社会の非常識を聞けば茂吉さん、さぞや嘆くだろう。節分の恵方巻きが大量に廃棄処分されている問題である▼事態を重く見た農水省が十一日、コンビニなどの業界団体に需要に見合った販売を求めたそうだ。おそらく恵方巻きだけの問題ではなかろうが、もっともな要請で業界の取り組みに期待したい▼売りたいのは分かるが、作りすぎない取り組みが結果的に恵方巻きという風習を守ることになるだろう。恵方を向いて黙って食べれば縁起が良いとの触れ込みだが、食べ物を粗末に扱う行事では、だれも縁起が良いとは信じまいて。