江戸幕府の老中、田沼意次(おきつぐ)は将軍の不興を買って失脚したのちに、神仏にあてた「上奏文」を書いて、身の潔白を誓っている。<あえてご不審をこうむるべきこと、身に覚えなし>。藤田覚著『田沼意次』などに学んだ▼賄賂好きの腐敗政治家の代名詞として長く語られてきた。半面、悪評は後世の脚色であって、清廉な人物だったとする見方や研究がある。実像を描くには意次本人が書いたものが少ないそうだが、家名に関わる問題で評価が揺れると分かっていれば、神仏以外にも言葉を尽くしただろうか▼「捜査に全面協力することを通じて潔白を証明していく」。日本オリンピック委員会の竹田恒和(つねかず)会長である。東京五輪招致を巡り再燃した贈賄疑惑について先日、記者会見した。身の潔白を主張したのはいい。質問を受けず、約七分で切り上げたのはどういうことか▼潔白と言われても、説得力に欠けていよう。捜査は長期化する可能性もあるという。五輪本番まで一年半でのイメージダウンだ。フランス当局の捜査を考慮したそうだが、言葉を尽くし、疑問に答えるところではなかったか▼招致のために二億円超が海外の会社に支払われていて、一部に賄賂の疑いがあるらしい。その高額の意味も知りたい▼家名ならぬ日本の名誉に関わる問題である。不審が晴れず、悪評が残る中で開幕を迎える事態にならなければいい。